デデキント切断(デデキントカット)を説明しているサイトはいくつもありますが、残念な事に、そのほとんどがデデキント切断の定義の説明で終わっています。デデキント切断で実数の定義ができる事にはほとんど触れられません。中には「ちょっと待って!」と言いたくなるようなあやふや説明もあります。
デデキント切断のなにがうれしいのかと言うと、それは実数が定義できる事にあるのです。
デデキント切断が、有理数の隙間に割り込んで切断する仮想のナイフと言う事だけならこれほど有名にはならないでしょう。デデキント切断は、実数を定義できる切断だからこそありがたみがあるのです。
デデキント切断とは
デデキント切断の定義は下記の通りです。
全順序集合 K を、一方が他方の全ての元よりも小であるような二つの組に分けたとする。
K = A ∪ B,
A ≠ ∅, B ≠ ∅;
a ∈ A, b ∈ B ⇒ a < b.このような組 (A, B) をデデキント切断という。
Wikipedeia
定義に関してはWikipedekiaに代表されるページで十分に詳しくそしてわかりやすく説明されているので、ここではその説明を割愛します。
有理数の集合をデデキント切断することで実数が定義できるのですが、
- 整数をデデキント切断したらどうなるの?有理数が定義できるの?
- 実数をデデキント切断したらどうなるの?超実数が定義できるの?
などについても考えることができます。
ところで、デデキント切断の定義は、実数を定義するための準備段階にすぎません。
実数を定義するには、デデキント切断における、演算、比較の定義がうまくできているのかの検証が必要です。
デデキント切断の4つの型
デデキント切断は、4つの型に分類できます。デデキント切断があった時は、どの型に当てはまっているのか調べることがポイントです。
(A,B)をデデキント切断とすると、デデキント切断は、
- (型1)Aに最大元がある。かつ、Bに最小元がある。
- (型2)Aに最大元がある。かつ、Bに最小元がない。
- (型3)Aに最大元がない。かつ、Bに最小元がある。
- (型4)Aに最大元がない。かつ、Bに最小元がない。
の4種類に分類できる。
それぞれの型に(型1)~(型4)の名前を付けておいて、以後この呼び方を使うことにします。
デデキント切断の説明でよくある落とし穴
デデキント切断の勘違いでよく嵌ってしまう落とし穴があります。
「デデキント切断は、切断した部分の隙間を表している。」これは誤った解釈!
デデキント切断の定義をみればすぐにわかります。
デデキント切断は、二つの集合の組です。その二つの集合を結合させれば全体集合になるのですから、隙間(スキマ)などはないのです(空集合に元はありません)。
もちろんイメージとしては二つの集合の間に隙間があると考えてよいのですが、実際には隙間はない事を念頭に置いておかなければなりません。
整数をデデキント切断する
整数全体の集合\(\mathbb Z\)は、全順序集合ですからKとして使うことがでいます。
例えば、
\(A=\{\cdots,-2,-1,0,1\}\)
\(B=\{2,3,4,5,\cdots\}\)と置くと、
\((A,B)\)は整数のデデキント切断となります。
この例の場合、\(A\)に最大値があり、\(B\)に最小値があるので、(型1)のデデキント切断となります。
実は、整数のデデキント切断は、すべて(型1)となります。
これは整数の離散性という性質によるものです。
直感的に考えて、これは自明と言えますが、証明するとなると、整数とは、最大値とはの定義を持ち出す必要がでてくるのでここでは証明を割愛します。
ところで、\((A,B)\)を1と2の間にある有理数、たとえば1.5を表すように考えることができるでしょうか。結論からいうとデデキント切断ではできません。
どうしてかと言うと、1や2をデデキント切断でどう表したらよいのかあらたな問題が発生するからです。
整数をデデキント切断するだけでは有理数を定義することはできません。
整数のデデキント切断があまり注目されないのは、このような理由によるものだと考えます。
超現実数とデデキント切断
コンウエイが考えた超現実数という数があります。一見するとデデキント切断と似ている部分もあるのですが、超現実数の考え方はデデキント切断とは全然異なります。似ている部分もあるのですが、そもそもの根底が違うので、最終的には全然異なった振る舞いを行います。
有理数をデデキント切断する
有理数全体の集合\(\mathbb Q\)は、全順序集合ですからKとして使うことがでいます。
\((A,B)\)を有理数のデデキント切断とします。
整数のデデキント切断は(型1)の場合しかありませんでしたが、有理数のデデキント切断は、(型1)は存在しません。
逆に、有理数のデデキント切断は、(型2)(型3)(型4)の3種類とも存在します。
有理数の切断で、「(型1)が存在しない」、「(型2)(型3)(型4)が存在する」の証明はもちろん必要ですが、ここでは割愛します。
「(型1)が存在しない」事は、有理数の稠密性と言われます。
整数の切断の時とは異なり、これらは自明とはいえないレベルなのですが、これについての解説記事は他のサイトで豊富にされていますから、ここでは割愛します。
「(型4)が存在する」に関しては、\(\sqrt{2}\)での切断例を使ってよく説明されますのであとで述べます。
実数をデデキント切断する
実数全体の集合\(\mathbb R\)は、全順序集合ですからKとして使うことがでいます。
\((A,B)\)を実数のデデキント切断とします。
実数のデデキント切断は(型2)(型3)の場合しかありません。
すなわち実数のデデキント切断は、(型1)(型4)は存在しません。
もちろんこれらの証明は必要ですが、特に注意すべきは、(型4)が存在しないことです。
これは、実数の連続性(完備性とも言われます)といわれる実数の重要な性質です。
デデキント切断の型のまとめ
整数、有理数、実数のデデキント切断についてその型の存在をまとめると以下のような表になります。
デデキント切断 | 整数 | 有理数 | 実数 |
---|---|---|---|
(型1)最大値あり最小値あり | 〇 | × | × |
(型2)最大値あり最小値なし | × | 〇 | 〇 |
(型3)最大値なし最小値あり | × | 〇 | 〇 |
(型4)最大値なし最小値なし | × | 〇 | × |
〇がついているところは、その型のデデキント切断が存在するということで、×は存在しないことを示している表です。
整数の切断で(型1)が存在するのは、整数の離散性によるものです。
整数の切断で(型2)(型3)(型4)が存在しないのも整数の離散性によるものです。
有理数の切断で(型1)が存在しないのは、有理数の稠密性によるものです。
実数の切断で(型1)が存在しないのは、実数の稠密性によるものです。
実数の切断で(型2)(型3)が存在するのは、実数の連続性によるものです。
実数の切断で(型4)が存在しないのも、実数の連続性によるものです。
有理数と実数の切断の違いは、(型4)にありますね。この点に注目して実数が定義されます。
具体的には、(型3)と(型4)の有理数デデキント切断を使って実数を定義することができます。
この場合、(型3)のデデキント切断は有理数に対応し、(型4)は無理数に対応します。
√2でデデキント切断
デデキント切断でよくでてくる説明が、\(\sqrt{2}\)で切断する例です。
次のような有理数の部分集合を考えます。
\(L=\{x | x<0またはx^2<2,xは有理数\}\)
\(R=\{x | 0<xかつ2≦x^2,xは有理数\}\)
この\((L,R)\)はデデキント切断の定義を満たしていて、(型4)です。
実はこれが\(\sqrt{2}\)に相当するデデキント切断になっているのですが、これだけでこのデデキント切断が\(\sqrt{2}\)を表していることの説明になるでしょうか。
このデデキント切断がある実数を表しているとして、なぜそれの2乗が2になると見做せるのでしょうか。
そもそも、デデキント切断で定義した数に加減乗除ができるかどうか議論されたでしょうか。
乗算が定義されていないのに、2乗を計算することはできませんね。
\(L\)には最大値がない、\(R\)には最小値がない、これを説明しただけでは、これが\(\sqrt{2}\)であることを示した事にはなりません。
それを示すための概略を書くと、
\(A=\{x|x<2\}\),
\(B=\{x|2≦x\}\)とおいて、
\((L,R)^2=(A,B)\)であることを示す必要があります。
もちろんこの前に、デデキント切断の元同士の加減乗除を定義し、それらが交換法則、結合法則、分配法則、云々に代表される数としての体系が満たされている事も示しておく必要があります。
よくある勘違い
こう考える人がいるかもしれません。
上記で示したの集合\(L\)と\(R\)の間に有理数ではない数が存在する。しかもただ一つで、デデキント切断はその数を表している。そしてそれは2乗すると2になる。
例えば、長さ1の正方形の対角線の長さに相当する\(\sqrt{2}\)は、数直線上には必ず存在するはずです。この知識を使って、最初から、\(\sqrt{2}\)が数直線上にあると考えます。デデキント切断の2つの集合はそれを挟み撃ちにしていると考えます。
この考え方は、間違いとはいいませんが、これはデデキント切断が実数を定義しているとは言い難い説明なのです。
この説明では、デデキント先生も大激怒することでしょう。
デデキント切断で数直線を使うことはできません。デデキント切断は集合なのです。
- 数直線をしっていると、なまじっか普通に実数に対するイメージができます。その先入観がデデキント切断の理解を邪魔してしまいます。
- 数直線は点が集まったものであり、点は一つの数を表している。
有理数に対応する点では数直線を埋め尽くすことができないが(数直線に穴(隙間)があいているとよく表現される)、残った点(隙間)を埋め尽くしたら実数ができる(これがデデキント切断)。実数で数直線の隙間を埋めたのだから、もう隙間はなくなっている。これが実数の連続性。つまり実数の連続性とは数直線の隙間がなくなった状態の事。このような考え方にも危険が孕んでいます。
感覚としてわからなくもないし、実際私も以前はこのような先入観に支配されていました。
ほとんどの人は実数を数直線でとらえていて(これは間違いではないですが正確ではない)、数直線を2分する切断面の事をデデキント切断(デデキントカット)とみなしがちです。
よくあるデデキント切断の説明もこの感覚と50歩100歩のものが多いです。
イメージとしては、これで十分です。
しかし、
- 数直線上の点は実数を表している、
- 有理数ではすべての点を表すことができない、
- デデキント切断でその表すことのできない点を表すことができる。
- だからデデキント切断は実数を定義している
このような考え方ではデデキント切断を正しく捉えることができません。
デデキント切断で実数を定義するためには、このような考え方を断ち切る必要があります。
デデキント切断のポイント
デデキント切断は数直線を切断しているわけではない。ある順序集合を二つに分割しているだけ。
実数が連続であるといわれるのは、実数が数直線を埋め尽くした事を意味しているわけではない。
二つに分割した順序集合のどちらか片方にだけ、最大値もしくは最小値と呼べる元が必ず存在することを担保しているだけ。
デデキント切断の発展
デデキント切断のポイントは一通り説明しました。
そこで、理解度を試すための問題を用意しました。この問題の答えが導けるのならデデキント切断について十分に理解しているといえるでしょう。
デデキント切断の理解度テスト
デデキント切断の定義を再掲します。この定義に関する問題です。
全順序集合 K を、一方が他方の全ての元よりも小であるような二つの組に分けたとする。
K = A ∪ B,
A ≠ ∅, B ≠ ∅;
a ∈ A, b ∈ B ⇒ a < b.このような組 (A, B) をデデキント切断という。
Wikipedeia
デデキント切断の定義で述べられている「K = A ∪ B」はなんのための条件か。
デデキント切断でこの条件がないとしたら、どういった不都合が起こるか、K=\(\mathbb{Q}\)の場合で考えて答えよ。
デデキント切断では、AとBを合わせたら全体になるように集合を分割するのですが、全体になるようにするのはなんのためか、という問題です。
デデキント切断の定義で述べられている「A ≠ ∅, B ≠ ∅」はなんのための条件か。
デデキント切断にこの条件がないとしたら、どういった不都合が起こるか、K=\(\mathbb{Q}\)の場合で考えて答えよ。
有理数のデデキント切断で実数を構築していくとわかります。この条件がないと実数の定義がうまくいきません。どの段階でこの条件が必要になるのか考えるとデデキント切断の理解が深まるはずです。
デデキント切断の研究問題
デデキント切断についてさらに考察するためには、下記の有理関数体をデデキント切断してみるとよいかと思います。
有理関数体については、下記サイトによくまとめられています。
全順序集合を係数に持つ有理関数体は適当な順序を定義すると全順序集合になる事がわかります。
具体的には、有理数を係数とした有理関数体\(\mathbb{Q}(X)\)や実数を係数とした有理関数体\(\mathbb{R}(X)\)は全順序集合となります。
- \(\mathbb{Q}(X)\)や\(\mathbb{R}(X)\)のデデキント切断について、(型1)(型2)(型3)(型4)の存在の有無はどうなっているか。
- 有理関数体のデデキント切断から新しい数体を定義し、その数体を係数とした有理関数体を考えさらにデデキント切断したらどうなるか。
この手の問題を取り扱っている人は少数のようで、答えはわかりません(見たことがないです)が、自分なりにだした結論をまたの機会に公開しようと思います。
コメント
[…] デデキント切断のポイントをわかりやすく説明する […]